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CSS ミシシッピ(CSS Mississippi)は南北戦争中にアメリカ連合国海軍(南部海軍)がニューオーリンズ周辺のミシシッピ川防衛のために建造を開始した装甲艦であるが、未成に終わった。艦名はミシシッピ州に由来する。ミシシッピの設計は、家の建築手法を取り入れるという変わったものであった。1862年4月25日に、デヴィッド・ファラガット代将が指揮するアメリカ合衆国海軍(北部海軍)にニューオーリンスが占領されると、アーサー・シンクレア(Arthur Sinclair)大佐は鹵獲を避けるためにミシシッピを直ちに進水させ焼却するよう命令した〔Still, ''Iron afloat,'' pp. 44ff.〕。このため、家の建築手法を採用するという方法が実際的であったかは不明である。建造の遅れにより未完におわり、また訓練もなされていなかったが、ミシシッピと装甲艦ルイジアナの存在そのものが、ニューオーリンズを防衛する南軍の希望であり、また北軍側には得体の知れない恐怖を与えた。このことがミシシッピ川下流での両軍の戦略に影響を与えることとなった。 == 河川装甲艦の計画 == 南北戦争が勃発すると、アメリカ連合国の海軍長官であったスティーヴン・マロリーは、数的に上回る北部海軍に対抗するために、質的に勝る装甲艦を建造することを直ちに要請した〔Durkin, ''Confederate Navy Chief,'' pp. 153–154.〕。マロリーの催促により、連合国はミシシッピ川および他の河川で使用するための装甲艦を含む、艦艇の建造に乗りだした。合衆国大統領エイブラハム・リンカーンが南部諸港の封鎖を宣言した後に出された最初の計画では、内陸部において5隻の装甲艦を建造することとなっていた。すなわち、CSS イーストポート(CSS ''Eastport'')をテネシー川で、CSS アーカンソーとCSS テネシー(初代)をミシシッピ川沿いのテネシー州メンフィスで、CSS ルイジアナとミシシッピをルイジアナ州ニューオーリンズで建造するというものであった〔Still, ''Iron afloat,'' pp. 42–44.〕。しかし、北軍の侵攻は早く、予定通りの形で戦闘に参加できたのはアーカンソーのみであった。イーストポートは完成前に北軍に鹵獲、テネシーは未完、ルイジアナは半完成状態で戦闘に参加し自沈、ミシシッピも完成前に自焼した。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ミシシッピ (装甲艦)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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